日本の誇れるモノとして一つ、
アニメーションというものがある。
世界中で愛されているジャパニーズアニメーション。その人気ぶりは説明の必要がないと思いますので割愛させて頂くが、その代表格は、何と言っても宮崎アニメであろう。
子供に限らず大人でも楽しめるストーリーと素敵なキャラ設定、話の中に暗喩された人類の抱える問題の提議、何度見ても飽きない完成度。
素晴らしいの一言に尽きる。
その中でボクは『天空の城ラピュタ』が一番好きなのですが、ことラピュタフリークにしてみればボクなんかヒヨッ子で、「所詮は大衆的な好きだ」と軽蔑されることもしばしば。しかし、ラピュタフリークの主張はどうやら別のところにあるらしい。
ラピュタに『ロボット兵』っているじゃないですか。
んで、ラピュタフリークの家には必ずと言っていいほどロボット兵の人形なりフィギュアなりが置いてあって、それを見たボクは必ず「あつ、巨神兵だ。」と言ってしまうのです。すかさず「巨神兵はナウシカに出てたやつ!これはロボット兵!!」と鋭いツッコミが入るのですが、そっからの説明が長い長い。
オタクぽい男なら分からんでもないのですが、年頃の女性が宮崎アニメのヌイグルミを部屋中に飾り、巨神兵とロボット兵の違いを説明(説教)するのは、どうにも解せない。折角女性の部屋に行ったのに萎える。
バッサリ要約すると、ロボット兵は巨神兵よりも優しい、とこーゆー感じだったと思うのですが、それは違うんじゃないのかと。あれは元々戦闘用だったはず。劇中には戦闘のシーンがほとんどありませんでしたので皆さん勘違いされがちですが、あいつの本質は結構ダークだと思うのです。
そこで、ラピュタフリークに反抗するために、
そして折角行った女性の部屋で何時間もヒドイ説教(拷問)を受けた無念を晴らすために、
ロボット兵の本質を激写してきた。
●「はいっ、オレ結構ダークっすよ。」
●先ずは肩慣らし。
●「足長いから、こんなんも出来るよ。」
●じゃれ合っているのかと思いきや…
●「ヨイショ!!」
●ドスーン。
●これは本当に可愛がっているのかも。
●「と見せかけて…ホレ!」
●ドスーン。
●仲間にも容赦ない。
●非情さをアップで。
●倒れてもなお。
●「さすがに疲れたし腹減った…ん?何だコレ?」
●「ブッサイクな顔してんな。」
●「ちょうどイイや、休憩しよ。」
●すると強敵現る。「これには勝てないかも。」
●「どうにか、コレで…」
●食いつきの良い強敵。
●「ん?何だこの穴。」
●「もしやコッチの方が…」
●「よかった、帰っていく。」
●「あっ、リンゴが二つもある。」
●「コッチ食べよ。」
●「ん…んんんががががぁぁぁーーーー!!」
●毒リンゴだったようだ。
●「って、ロボットが死ぬか!アホ!」 ノリツッコミ。
●「性格がダークで彼女もいないし、仕事もないし、生きる気力をなくしました。さようなら。」
ご覧頂けましたでしょうか?
アニメだからこういう部分は隠されていますが、モノの本質なんて結局こんなもんなんです。二次元の世界に浸る変人どもはそこまで考えていないでしょう。
オタク女!!お前は特に!!
やれると思っていた美人の部屋に行って、よもやあんな拷問受けて、泣きながら帰るなんて思ってなかったぞ!金返せ!!
結局、ボクが一番ダークかもしれない。
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アニメーションというものがある。
世界中で愛されているジャパニーズアニメーション。その人気ぶりは説明の必要がないと思いますので割愛させて頂くが、その代表格は、何と言っても宮崎アニメであろう。
子供に限らず大人でも楽しめるストーリーと素敵なキャラ設定、話の中に暗喩された人類の抱える問題の提議、何度見ても飽きない完成度。
素晴らしいの一言に尽きる。
その中でボクは『天空の城ラピュタ』が一番好きなのですが、ことラピュタフリークにしてみればボクなんかヒヨッ子で、「所詮は大衆的な好きだ」と軽蔑されることもしばしば。しかし、ラピュタフリークの主張はどうやら別のところにあるらしい。
ラピュタに『ロボット兵』っているじゃないですか。
んで、ラピュタフリークの家には必ずと言っていいほどロボット兵の人形なりフィギュアなりが置いてあって、それを見たボクは必ず「あつ、巨神兵だ。」と言ってしまうのです。すかさず「巨神兵はナウシカに出てたやつ!これはロボット兵!!」と鋭いツッコミが入るのですが、そっからの説明が長い長い。
オタクぽい男なら分からんでもないのですが、年頃の女性が宮崎アニメのヌイグルミを部屋中に飾り、巨神兵とロボット兵の違いを説明(説教)するのは、どうにも解せない。折角女性の部屋に行ったのに萎える。
バッサリ要約すると、ロボット兵は巨神兵よりも優しい、とこーゆー感じだったと思うのですが、それは違うんじゃないのかと。あれは元々戦闘用だったはず。劇中には戦闘のシーンがほとんどありませんでしたので皆さん勘違いされがちですが、あいつの本質は結構ダークだと思うのです。
そこで、ラピュタフリークに反抗するために、
そして折角行った女性の部屋で何時間もヒドイ説教(拷問)を受けた無念を晴らすために、
ロボット兵の本質を激写してきた。
●「はいっ、オレ結構ダークっすよ。」
●先ずは肩慣らし。
●「足長いから、こんなんも出来るよ。」
●じゃれ合っているのかと思いきや…
●「ヨイショ!!」
●ドスーン。
●これは本当に可愛がっているのかも。
●「と見せかけて…ホレ!」
●ドスーン。
●仲間にも容赦ない。
●非情さをアップで。
●倒れてもなお。
●「さすがに疲れたし腹減った…ん?何だコレ?」
●「ブッサイクな顔してんな。」
●「ちょうどイイや、休憩しよ。」
●すると強敵現る。「これには勝てないかも。」
●「どうにか、コレで…」
●食いつきの良い強敵。
●「ん?何だこの穴。」
●「もしやコッチの方が…」
●「よかった、帰っていく。」
●「あっ、リンゴが二つもある。」
●「コッチ食べよ。」
●「ん…んんんががががぁぁぁーーーー!!」
●毒リンゴだったようだ。
●「って、ロボットが死ぬか!アホ!」 ノリツッコミ。
●「性格がダークで彼女もいないし、仕事もないし、生きる気力をなくしました。さようなら。」
ご覧頂けましたでしょうか?
アニメだからこういう部分は隠されていますが、モノの本質なんて結局こんなもんなんです。二次元の世界に浸る変人どもはそこまで考えていないでしょう。
オタク女!!お前は特に!!
やれると思っていた美人の部屋に行って、よもやあんな拷問受けて、泣きながら帰るなんて思ってなかったぞ!金返せ!!
結局、ボクが一番ダークかもしれない。
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連日のように北京五輪関連のニュースが飛び交い、各地で抗議デモが発生し熾烈なバトルが繰り返されている世界情勢。こんな春のうららかさとは程遠い四月の中旬、みなさんはどうお過ごしでしょうか?
新しい会社にはもう慣れましたか?
異動で多忙を極めた方も多かったでしょう。
学校でも入学式を終え、落ち着た頃ではないのでしょうか。
入学式…。
先々週などは車で街を走っていると、真新しい制服に身を包んだ新入生の希望に満ちた表情で登校する姿が目につくと同時に、そんな新入生よりも気合の入った出で立ちで我が子の門出を祝う、お母さんの姿が鼻についた。
そんな毎年恒例の入学式シーズン。
散りゆく桜に替わり、今年も女子高生というつぼみが新しく顔を出した。
気合の入った薄化粧に、のっけから短いスカート。
ケータイでメールを打ちながら登校しているかと思えば、
カバンから二台目のケータイを取り出し彼氏からの電話を取る。
初々しさなどカケラもない。
学生にありがちな連帯感は見習うべきかもしれない。
確かにブレザーでもセーラー服でも制服姿はカワイイし、短いスカートの生足はイイ。世の男性諸君にヤル気を与えてくれている。
時代に敏感で何事にも興味を示して流行を生み出し、結果、経済に与える影響も少なくないのかもしれない。
エロビデオや出会い系に「女子校生」というジャンルまで生み出した。
ただ。
ただ、一言だけ言わせていただきたい。
もう黙っちゃおれんのである。
いや、これだけはやはり誰かが言わなければならない。
女子高生は基本的にバカである。
本物のバカとは、自分をバカだと認識していない奴のことである。
そして、その王道を走っているのが女子高生。
ゆとり教育の中で育ったバカ中学生が、誰にもバカだということを教えられずにバカ高校へ行き女子高生となり、高校のバカ友達の輪の中で自分がバカ高校に行っていることも悟れずに、その輪の中で多少賢こかったりすれば、高校生活だけでは一生自分がバカだと分かるはずもない。頼みの綱はクラブ活動やバイトやらで関わる社会の大人達なのだが、そんな人達の女子高生への対応はどちらかと言うと「媚」の要素が強いように思われ、「女子高生を叱るオジサン」の姿など微塵もなく、皆が皆、女子高生の気持ちが分かる優しいオジサンを目指しているように思える。高校教師など初めから期待などできない。親?多分あいつらには親と呼べるものは存在しない。そんなだから、必然的にバカなのである。
バカさの程度にムカついた。
新しい面子との初めての飲み会。
新しい役員の紹介もあり、お偉いさんも顔を見せていた。
ボクはと言うと、宴席で少々ハジけてしまい、お偉いさん方の見守る中、「中国版島唄」とか「もしマネキンが矢沢永吉だったら」とか「レッスン中に母親からの電話に出るマイケル・ジャクソン」など、とっておきのネタで爆笑(失笑)を誘い、酒も相当呑んだ。
そんな楽しい宴会の帰り道。
多分12時くらいだったと思う。
男三人女一人で歩いていて、ボクはその中で一番若かった。
宴席の余韻が冷めぬボクらは未だ盛り上がっていて、大声で話をしながら歩いていた。そんな時ボクは、道ですれ違う制服姿の女子高生と肩がぶつかってしまった。
とっさに「あっ、すみません」と頭を下げた。
「ごめんなさい」と女子高生。
近くには同じ制服姿の人影が3つあった。
「女子高生がこんな時間まで何やってたんだ?」
と思いながら踵を返そうとしたその時、肩のぶつかった女子高生が、「何があったの?」と言わんばかりの表情で見ていた三人に向かって、
「なんかオッサンがぶつかってきた。」
と状況を説明していた。
その後、四人並んで歩き出す女子高生の群れ。
その背中を見ながら、酔いが醒めていくのを感じているボク。
「オッサン…オッサン…オッサン…」
確かに最近、尿のキレが悪くなったと感じていた。
麻雀、ゴルフ、競馬、パチンコ…趣味は昔からオッサン臭かった。
旬のアイドルや女優の名前は、中国生活も加わって一層分からなくなったし、まず興味が湧いてこない。
開いたカバンから見える「鮎川哲也」という昭和31年生まれの作家が書いた、いかにもオッサンが好きそうな推理小説。
あんた達から見れば、ボクは確かにオッサンだろう。
しかし、オッサンと思われても仕方のない生活をしている自分を認めるよりも先に浮かぶのは、ボクまだ24なんだけど…という無意味な主張。
女子高生に主張しても無駄であろう。
彼女達からすれば、ボクも一緒に歩いていた30、40代のオッサンとなんら変わりがないだろうことも予想は出来る。免許証を見せて年齢を確認したところで、「オッサン」には変わりがないのであろう。
だから、ボクは根底を覆すことにした。
彼女達はバカだから、何も分からない。
言っていることも殆ど間違っている。
そう言い続けることにした。
もう一度言おう。
女子高生はバカである。そして、ボクはオッサンじゃない。
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新しい会社にはもう慣れましたか?
異動で多忙を極めた方も多かったでしょう。
学校でも入学式を終え、落ち着た頃ではないのでしょうか。
入学式…。
先々週などは車で街を走っていると、真新しい制服に身を包んだ新入生の希望に満ちた表情で登校する姿が目につくと同時に、そんな新入生よりも気合の入った出で立ちで我が子の門出を祝う、お母さんの姿が鼻についた。
そんな毎年恒例の入学式シーズン。
散りゆく桜に替わり、今年も女子高生というつぼみが新しく顔を出した。
気合の入った薄化粧に、のっけから短いスカート。
ケータイでメールを打ちながら登校しているかと思えば、
カバンから二台目のケータイを取り出し彼氏からの電話を取る。
初々しさなどカケラもない。
学生にありがちな連帯感は見習うべきかもしれない。
確かにブレザーでもセーラー服でも制服姿はカワイイし、短いスカートの生足はイイ。世の男性諸君にヤル気を与えてくれている。
時代に敏感で何事にも興味を示して流行を生み出し、結果、経済に与える影響も少なくないのかもしれない。
エロビデオや出会い系に「女子校生」というジャンルまで生み出した。
ただ。
ただ、一言だけ言わせていただきたい。
もう黙っちゃおれんのである。
いや、これだけはやはり誰かが言わなければならない。
女子高生は基本的にバカである。
本物のバカとは、自分をバカだと認識していない奴のことである。
そして、その王道を走っているのが女子高生。
ゆとり教育の中で育ったバカ中学生が、誰にもバカだということを教えられずにバカ高校へ行き女子高生となり、高校のバカ友達の輪の中で自分がバカ高校に行っていることも悟れずに、その輪の中で多少賢こかったりすれば、高校生活だけでは一生自分がバカだと分かるはずもない。頼みの綱はクラブ活動やバイトやらで関わる社会の大人達なのだが、そんな人達の女子高生への対応はどちらかと言うと「媚」の要素が強いように思われ、「女子高生を叱るオジサン」の姿など微塵もなく、皆が皆、女子高生の気持ちが分かる優しいオジサンを目指しているように思える。高校教師など初めから期待などできない。親?多分あいつらには親と呼べるものは存在しない。そんなだから、必然的にバカなのである。
バカさの程度にムカついた。
新しい面子との初めての飲み会。
新しい役員の紹介もあり、お偉いさんも顔を見せていた。
ボクはと言うと、宴席で少々ハジけてしまい、お偉いさん方の見守る中、「中国版島唄」とか「もしマネキンが矢沢永吉だったら」とか「レッスン中に母親からの電話に出るマイケル・ジャクソン」など、とっておきのネタで爆笑(失笑)を誘い、酒も相当呑んだ。
そんな楽しい宴会の帰り道。
多分12時くらいだったと思う。
男三人女一人で歩いていて、ボクはその中で一番若かった。
宴席の余韻が冷めぬボクらは未だ盛り上がっていて、大声で話をしながら歩いていた。そんな時ボクは、道ですれ違う制服姿の女子高生と肩がぶつかってしまった。
とっさに「あっ、すみません」と頭を下げた。
「ごめんなさい」と女子高生。
近くには同じ制服姿の人影が3つあった。
「女子高生がこんな時間まで何やってたんだ?」
と思いながら踵を返そうとしたその時、肩のぶつかった女子高生が、「何があったの?」と言わんばかりの表情で見ていた三人に向かって、
「なんかオッサンがぶつかってきた。」
と状況を説明していた。
その後、四人並んで歩き出す女子高生の群れ。
その背中を見ながら、酔いが醒めていくのを感じているボク。
「オッサン…オッサン…オッサン…」
確かに最近、尿のキレが悪くなったと感じていた。
麻雀、ゴルフ、競馬、パチンコ…趣味は昔からオッサン臭かった。
旬のアイドルや女優の名前は、中国生活も加わって一層分からなくなったし、まず興味が湧いてこない。
開いたカバンから見える「鮎川哲也」という昭和31年生まれの作家が書いた、いかにもオッサンが好きそうな推理小説。
あんた達から見れば、ボクは確かにオッサンだろう。
しかし、オッサンと思われても仕方のない生活をしている自分を認めるよりも先に浮かぶのは、ボクまだ24なんだけど…という無意味な主張。
女子高生に主張しても無駄であろう。
彼女達からすれば、ボクも一緒に歩いていた30、40代のオッサンとなんら変わりがないだろうことも予想は出来る。免許証を見せて年齢を確認したところで、「オッサン」には変わりがないのであろう。
だから、ボクは根底を覆すことにした。
彼女達はバカだから、何も分からない。
言っていることも殆ど間違っている。
そう言い続けることにした。
もう一度言おう。
女子高生はバカである。そして、ボクはオッサンじゃない。
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